「遠友夜学校」に学ぶ”遠友再興塾”
新渡戸稲造夫妻が創設した遠友学校の精神を学ぶ

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教育勅語

教育勅語に対する見方

 道徳教育を重視した新渡戸は、教育勅語についても率直な見解を述べ、特にその扱いにおける国家主義的な傾向を批判している。

 教育勅語で強調されているのは、孝行、友愛、夫婦の和、朋友の信、謙遜、博愛、修学習業、知能啓発、徳器成就、公益世務、遵法、義勇奉公、という十二の徳目である。これを武士道の徳目と比べると、内容的にはかなり共通するところが多い。実際、新渡戸自身は、教育勅語には武士道で教え込まれたすべてが含まれているだけでなく、さらによいことには、それらが要約した形で表現されていたと考えていた。すなわち、終身教育の中核となった教育勅語について、その中身は高く評価していた。

 しかしその一方で、教育勅語にその教え方を誤ったために期待する効果を示すことができなかったと述べている。彼が問題にしたのは、本来普遍的性格をもっていたはずの教育勅語が、学校教育の中では「国民道徳」として国家という枠内に閉じ込められてしまったことであった。

 新渡戸のこうした見方は、それ以前から一貫して変わっていない。『日本国民』においても、「勅語の専ら国民的な注解だけでなく、もっと普遍的な注解が必要である」として、たとえば忠は主人に対する関係だけに終わってはいけないこと、誠実は隣人との対応に限れてはいけないこと、慈悲に地理的境界があってはならないことを指摘していた。

 教育勅語に発布四十年を迎えた1930(昭和5)年に『実業之日本』誌に寄稿した論文においても、「教育勅語ほど、人の義務を明に明記された文は世に少なかろうと思う。読めば読むほど味があり、かつまた恐れ多くも明治天皇の国民を指導せらるる大御心の一端が窺われる」と述べてこれを評価する一方で、その教え方が誤っていたために、期待する効果を示さなかったと論じている。彼が問題にしたのは、忠君愛国ばかりが強調されたために、子供たちは「目の前にある、そしてその日その日に行わねばならぬ義務の重きを知らずして、一旦綬急ある非常の時の義務を教えられる」ことであった。これまでのように教育勅語を朗読するだけでは、「陛下の大御心にかなったものとは思わない」と考えていたのである。

 「日本」においても新渡戸は、教育勅語は煥発されると多くの解説や注釈が登場し、それが「国民道徳」と呼ばれる基準を国民に提供することになったと述べる。その結果、教育勅語はもともと普遍的真理であったにもかかわらず、それに基づく修身教育は「国民道徳」として日本特有のものとなってしまったと批判したのである。それはちょうど、本来は普遍的な責務を説いた「十戒」の解説を意味するはずのものであったが、「キリスト教倫理」として狭い範囲に限定されるようになったのと同じことだとも説明している。

 誤解のないように言えば、新渡戸は忠君愛国を否定しているのではない。一高校長の時にも生徒たちに忠君愛国が大切なことを繰り返し説いているし、彼自身、天皇を深く尊崇し、祖国に対する忠誠心に溢れる愛国者であった。彼が批判したのは、忠君愛国そのものではなく、それ以外の徳目が軽視されたことである。目の前にある日常的な義務を果たすことをきちんと教えず、非常時の義勇奉公の義務ばかりを強調したところに問題があることを指摘しているのである。そしてそれが「国民道徳」という狭い範囲に限定されてしまったことを批判しているのである・

<草原克豪著:新渡戸稲造はなぜ「武士道」を書いたのか
       第四章「東洋と西洋は互いに相手から学ぶ必要がある」251~254頁より転載>


教育勅語


【教育勅語の口語文訳】
 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。
~国民道徳協会訳文による~
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