「遠友夜学校」に学ぶ”遠友再興塾”
新渡戸稲造夫妻が創設した遠友学校の精神を学ぶ

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Author:遠友再興塾
札幌の誇り、教育の基、文化の香り、遠友夜学校の再興を目指す”遠友再興塾”
<遠友再興塾・事務局>
〒060-0053札幌市中央区南3条東3丁目マルキン本社ビル5F
〇連絡先
Fax:011-894-5530
mail:inazo@utopia.ocn.ne.jp 
📱:090-2699-4392
担当:木村良三(イナゾーアーキテクツ)



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新年の決意

112年前の明治37年(1904)1月、新渡戸稲造の“新年の決意”

 新年はとりわけ、善い決断を新たにするにふさわしい時である。新年の決意が何度も行われ何度も破られるからとて、それを嘲り笑わないでほしい。

 親愛なる友よ、諸君の去年の決意が何の実をも結ばなかったとしても、気にしたもうな。その決意は、ここでは目にも見えず知られもしないけれど、どこかで、何かの実を結んでいることは確かだと信じたまえ。人間は何とも惨めな存在だから、今日決心して、明日それを破るのである。

 自ら決めた約束はいちばん破りやすいし、一度破った約束はいつまでも永く心に憶えられるものである。しかし、われわれはまた、今日壊ったものを明日再び建てなおそうと決意する力はある。決意を実行できなかったからとてそれを、決意を新たにしない言い訳にも支障にもしてはならない。

 人生行路で十回つまずくなら、十回起き上がりさえすればよい。偉人と凡人を分けるものはその決断ある性格である。

 若い友人諸君に言いたい。
 この元日に当たり、自ら、最善、最高、最強の決意を行いたまえ。
 その決意を紙に書き記したまえ。
 それをポケットに入れ携行したまえ。
 それを標準にして、諸君の日々の行状を測りたまえ。
 正直な決意はすべて、どんなに短くしか続かないとしても、道徳的性格に何らかの刻印を残す。
 
 嘲笑う者がやって来て、「ばかだなあ、お前はまえにも同じことをやったじゃないか。何千人もの人々が同じことをやってみたが、一人だってそれを十分やりとげたものはいないいんだぞ」と言うなら、こう言ってやりたまえ。
「サタンよ、わが後に退け、我が後に、過ぎ去った年月に。今、私を導くのは天使なのだー決然たる意志と清純な心をもった天使なのだ」

10月講演会、水崎講師レジメより

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遠友再興塾代表の挨拶

        市議会文教委員会勉強会挨拶

 私は遠友再興塾の代表山﨑健作であります。本日、みなさまには大変お忙しいなか、勉強会を開催頂きまして誠に有難うございます。

 札幌遠友夜学校は、どう考えても、教育の原点であります。
しかし現状は、その記念室が解体されてそのままと言う、信じられない状況にあります。

 ご承知のように、札幌遠友夜学校を創った新渡戸稲造博士は、世界的に活躍した 著名人であり、人格者であります。
カナダという外国でさえ、新渡戸博士を世界平和の使者とたたえて、素晴らしい新渡戸庭園を造成しております。

 一方、遠友夜学校は 購入した古い一軒屋で始まりました。
ここに新渡戸博士は蓄積した思いを傾け、ひとり一人のこどもに適した実務教育を実施しました。真ものの教育の始まりです。
先生は農学校の学生が無報酬で担当しました。新戸部博士は終生博士ではなく「校長先生」と呼ばれていました。

札幌のまちは近代化が進み大きく変化していますが、教育はすべての礎と言えます。遠友夜学校は札幌が世界に照らす、魂の灯台であったと言えます。

 明治、大正、昭和と 遠友夜学校をしっかり守って来た札幌市が、この魂の灯台を打ち消して仕舞って良いとは、どうしても思えないのです。

そこに来て、母やこどもたち、教師と生徒たち、青少年や一般の市民たちが、その昔に想いを寄せ、未来を切り開こうと覚醒させる場を、札幌市に作って頂きたいのです。
それは、札幌市が遠友夜学校の財団と交わした約束でもあります。

是非とも皆さまにご理解を寄せていただき、札幌市に助言をして下さいますよう、心からお願い申し上げる次第でございます
どうも有難うございました。

12月3日

武士道の最新解説記事を発見!

世界も認める「武士道」に学ぶビジネスの心得 その普遍性が今を読み解くヒントになる
 
岬 龍一郎 

今年も残すところ半月余り。この年末年始は早い企業だと12月26日(土)から冬休みに入り、最長で9連休を過ごすというビジネスパーソンも少なくはないだろう。自宅の大掃除を進めるだけでなく、旧年の振り返りと新年を迎えるにあたって、ゆっくりと心の整理ができる時期でもある。
 こんなときにオススメしたいのが、古典に当たることだ。『論語』から『ケインズ』まで。その読み方に正解はないが、「温故知新」という言葉もあるように古典には普遍的な事項が記されている。そのうちの1冊として、海外で日本人が発表し、世界でベストセラーになった名著がある。

 今からさかのぼること110年以上前の1900年、アメリカで1冊の本が出版された。タイトルは『武士道』(原題『Bushido ―The Soul Of Japan』)。著者は、旧5000円札の肖像画にもなった、新渡戸稲造である。
 『武士道』は、新渡戸がアメリカ滞在中に書き上げたものだが、刊行されて数年のうちに、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロシア語、ポーランド語など各国語に翻訳され、世界的なベストセラーとなった。日本でも、1908年(明治41年)に学問的注釈が加えられた日本語訳が出版されている。
 いったいなぜ、『武士道』は、これほど多くの国で読み継がれてきたのだろうか。拙著「まんがでわかる 新渡戸稲造『武士道』」(あさ出版)を通じて取り上げている、その本質について考えてみたい。

 理由はおそらく、その「普遍性」にあるだろう。『武士道』では、文字どおり、「武士」が重視した伝統的な価値観や行動規範が述べられているが、これは、「日本」の「武士階級」の中だけで通用するものではない。武士の高潔で気高い生きざまは、時代や国境を超えて、すべての人間の心を打つのである。
 一つ断っておけば、武士道には、『聖書』や『論語』、『コーラン』のように、教義が書かれている特別な書物が存在するわけではない。新渡戸が『武士道』を著す前にも、山本常朝の『葉隠』、井沢蟠龍の『武士訓』など、武士道精神について述べたものはあったが、もともとは日本の風土の中で自然発生的に培養されてきた、不文律の「掟」である。
 武士の思想を体系的に網羅した書物は新渡戸の『武士道』だけだが、解釈や定義は人によって異なることもある。本稿では以下、新渡戸の著作については『武士道』、一般用語としての武士道は「武士道」と分けて表記する。

 さて、新渡戸は『武士道』のなかで、武士が重んじた価値として7つの徳目を説いた。それが「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」である。
 ここからは、代表的な徳目である「義」「勇」「礼」の3つについてふれてみたい。

 まずは「義」。義とは、簡単に言ってしまえば「正義の道理」であり、「人として必ず守らなければならない道」のこと。つまり、正義である。武士は何よりもこの義を重んじた。
 重要なのは、正義を追求することは理屈に合わない状況を生むこともある、ということだ。義とはつまり、「不合理の精神」なのである。ビジネスパーソンが命と引き換えに正義を追求するという状況はさすがにないだろうが、正しい道を追求することが、たとえば会社の利益に反することもあるだろう。
 しかし、それでもなお、義を重んじることは、長期的に見ればビジネスを有利にすることにもつながる。それは、かつての食品偽装事件や相変わらず絶えない不正会計事件の例などを見ても明らかだ。

 「勇」も、武士に求められる徳目のひとつであった。武士は、恐れることなく敵陣に向かって突き進んでいくイメージがある。だから、勇とは、どんなときも炎の渦中に飛び込んでいくことだと信じている人は少なくない。
 しかし、これは誤りである。武士の間では、向こう見ずな挑戦や後先考えない行動は勇ではなく、むしろ「匹夫の勇(ひっぷのゆう)」として軽蔑された。勇とは、「義を見てせざるは勇なきなり」(『論語』)という言葉があるように、ただ大胆に行動することではなく、「義」に裏打ちされた行動でなければならないのだ。
 さらに、勇には敵に立ち向かっていく表面的な強さと、どんな場面でも動じない平常心の2つがある。勇気のある武士は、つねに穏やかで動揺しないはず。これは、ストレスフルな環境のなかで、メンタル強化の必要性が叫ばれているビジネスパーソンにとっても示唆的な内容を含んでいるといえそうだ。

 最後の「礼」も、武士にとっては重要な徳目であった。
 礼というと「礼儀」を連想することから、ビジネスパーソンにとっては、「礼=ビジネスマナー」と解する人も多いだろう。
 それだけではない。『武士道』によれば、「礼」は「相手の価値は世界中の何物にも勝る」という考え方にもとづいており、「他者の喜びや悲しみを自分のことのように感じる能力でもある」とも説いている。つまり、形式的、儀礼的な礼儀作法を身につけるだけでは不十分だということだ。
 近年、サービス業を中心に、ホスピタリティの向上を掲げている企業が増えている。
それ自体は素晴らしいことだが、内容が接遇・接客の型を追求するだけのものになっていれば、本当の意味での「礼」にはほど遠いということになるだろう。

 「武士道」は、好戦的で、死を礼賛する思想だと思われがちだが、これこそが最大の誤解である。「武士道」の体現者であった勝海舟は、その生涯で何度も暗殺の標的にされたが、一度も自分の剣を血で濡らすことはなかったという。『武士道』の中では、「最善の勝利は血を流さずに得た勝利である」という格言が紹介されている。
 意外にも武士の究極の理想は「戦わないこと」だった。これをビジネスパーソンに当てはめてみると、他者と不毛な争いをして疲弊するよりも、自らの特性を生かして競争相手がいない市場を探して勝負するというポジショニングが、実は意外にも大事だということと近い。
 圧倒的な力を持った者が、その力をどうとらえ、己をどう律してきたのか――。武士道には、現代のビジネスパーソンが今を読み解くためのヒントも少なくない。
(東洋経済オンライン より転載)
※「まんがでわかる 新渡戸稲造『武士道』」はなかなか新鮮な角度からの入門書としておススメです!

「知的協力国際委員会」から「遠友夜学校」へ

新渡戸稲造は4年に亘る史上初の各国国民総力戦の悲惨な戦争であった第一次世界大戦が終わり(大正7年1918年)、戦争の教訓から史上初の平和維持機構の国際連盟結成にかかわり翌年事務局次長に内定、大正15年(1926年)に事務局次長を辞任している。
彼の功績の一つに「知的協力国際委員会」の創設に尽力していることである。
大戦後の世界の真の平和を学問と芸術の至上とすべく、当時世界一級の学者が集ったのは新渡戸稲造が国際人と言われる所以の一つであります。
まさしく“遠友精神”の延長線上にあるのではないでしょうか。
「遠友夜学校」は新渡戸稲造が札幌に残した大いなる遺産であるのです。
札幌市民はこの大いなる遺産を護ることが国際人としての歩みともなるのでは?


札幌市議会議員と勉強会

遠友再興塾の7月の陳情が文教委員会で継続審議になった事は概報通りです。
よりご理解を深めて頂くため12月3日札幌市議会内で”「遠友夜学校」を学ぶ勉強会”を開催させていただきました。
私達遠友再興塾の「遠友夜学校」に対する陳情のおもいは参加され17名の市議会議員に伝わった事と思います。



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