「遠友夜学校」に学ぶ”遠友再興塾”
新渡戸稲造夫妻が創設した遠友学校の精神を学ぶ

プロフィール

Author:遠友再興塾
札幌の誇り、教育の基、文化の香り、遠友夜学校の再興を目指す”遠友再興塾”
<遠友再興塾・事務局>
〒060-0053札幌市中央区南3条東3丁目マルキン本社ビル5F
〇連絡先
Fax:011-894-5530
mail:inazo@utopia.ocn.ne.jp 
📱:090-2699-4392
担当:木村良三(イナゾーアーキテクツ)



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講演会

講演会テーマ「教育者、新渡戸先生
ー少年時代を過ごした札幌の地は、世界に羽ばたいた礎の地ともいえる。
札幌・北海道に日々の生活を営む私たちは、教育者としての先駆的な活動をされた
新渡戸稲造先生を思い起こし、地域再興に目を向けることが出きれば、と願っている。ー

講師:水崎 呈 氏(元札幌市立羊ヶ丘中学校校長)
    遠友夜会塾塾長・法 邑芸術文化振興会会長・北海道海浜美化を進める会会長・
   財)札幌消費者協会エゾシカ倶楽部等々、主に自然環境に関する諸問題に関心があり、
   多方面で活躍されております。

日時:10月28日水曜日
    18:00(開場)18:30(開演)20:30(終演)
場所:かでる2・7 820研修室
会費:1000円
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陳情第9号審議会審議結果

陳情要旨説明 第一段落部分について 
「遠友夜学校」の意義を明らかにし、新渡戸稲造・萬里子夫妻の意思の教育的価値を、
広く市民に知らせ顕彰していっていただきたい。

ー要旨説明者 幹事長 佐藤邦明ー
「遠友夜学校」(現在の中央区南4条東4丁目)は、札幌農学校の教授であった新渡戸稲造が、
妻の萬里子婦人に送られた浄財をもとに、明治27年貧困のため昼間学ぶ機会のない子供たちに、
札幌農学校の学生有志を無償の教師として教育の場を与えたもので、戦争末期の昭和19年に閉校されるまで続きました。

この時代、既に義務教育が施されていながら、授業料が必要であったこともあり、就学率は非常に低かったのです。
「遠友夜学校」は、学費を求めず、年齢を問わず、男女を問わず、学ぶ意志をもつすべての市民に開放されました。
33歳の新渡戸稲造を校長として、若い学生たちを教師として、理想的な実務教育と全人教育が実施されました。

「遠友夜学校」に通う子供たちは、昼間の労働に疲れた後の就学でありました。
勤務時間9時間以上が90%を締める激務のなか、最高齢は30歳、通学距離6kmを提灯を下げて通う子供もいました。
ある在校生は、「『遠友夜学校』が救いの居場所だった」といい、また他には、「『遠友夜学校』に行くのが嬉しくて、雪の日は下駄を抜いで、足袋を脱いで裸足で勤め先から学校まで走った」と言う女子学生もいました。
指導する学生教師も、「半被姿の生徒から人生を学び、考え、知る機会を得た」と語っています。

若い生徒と教師が互いに楽しみながら学び合うという、理想的な学校教育が、「遠友夜学校」で展開されたのです。
我々遠友再興塾の代表である山﨑健作氏も、「仕事をしながらこの学校に通った」と当時を振り返ります。
私の父も、「機械や鉄材の油に塗れながらも、そして夕食をとる時間もない中、『遠友夜学校』での学びに熱中した」と聞いています。
明治大正昭和に連なる50年の間、時代の波にもまれながらも、1100人に及ぶ子供たちが学び、
600人の学生たちが無償で教師として奉仕しました。
この街の急激な発展の中で自分の学問の時間を割きながら指導にあたった札幌農学校の学生たちと、
苦しい環境の中で学べることに感謝する生徒の教室は、緊張と熱い心が飛び交う授業が展開された、
とも記録されています。

しかし、学生の殆どが招集され戦地に飛び立ち終戦の前年の昭和19年、ついに閉校を余儀なくされました。
新渡戸稲造をはじめ、宮部金吾有島武郎など、若い有能な札幌農学校の教授が誇り高く代表を勤め、
最後の校長は納豆博士として有名な半澤洵氏の時の閉校でありました。

このように、教育や文化振興の世界的機関であるユネスコの前身をつくった国際連盟事務次長の新渡戸稲造は、ユネスコ設立前に既にその取組を札幌の地で実践していたのです。
いまでこそ、ボランティア精神とかヒューマニズムの大切さが言われていますが、
私たちが生活するこの札幌に、それも何と120年も前に札幌中心地にそういう精神が脈々と流れていたのです。
このことは、札幌市民にとっては誇るべき歴史であり、貴重な財産であります。

冬季オリンピックを成功させた板垣武四元札幌市長は、「わが街・札幌がその歴史の中に、
こういう『遠友夜学校』を持ち得たということに、私は喜びと誇りを感じるのです」と述べています。
また、北大の教授であった和田謹吾先生が、「ここだけに真実の教育がある」
「まさに札幌が日本の教育史上に誇る一つの歴史」と評した世界に誇る学校にも関わらず、
この「遠友夜学校」については、現在札幌市民の多くは知りません。とても残念なことです。

新渡戸稲造と萬里子ご夫妻の志は、以下の新渡戸稲造の言葉にあります。
「他日札幌において神と国のために、多少なりともお役に立つことが、ぼくの真剣な願いであり、
心からの祈りでもあります。」
「世の人々のために是非とも学校を創設したい。」
「貧しい両親を持った子供たちや日雇労働者の少年などに対する夜学校」                           
「教育に対するこうした考えは片時もぼくの脳裏から消えたことがありません。」
これらの新渡戸稲造の熱い想いが、「遠友夜学校」として実現したのでした。

また、新渡戸稲造は、生徒の前で学校の目的をこう述べています。
「この世は美しい。自分一個のためだけ考えたのでは、世の中は存在しない。人のためを思えばこそ楽しい。
だからこれら多くの世話をしてくださる人々のことを考え、親達のことを考え、即ち遠友夜学校の意味を考え、
若い中にでも、自分のできる事で人の為になることなら何でもする。そして学校を出てから、
どうすれば世の為人の為になるかを考え、勉強して下さい。唯本を読み、算術をすることだけが学校の仕事と思わず、人格を養い、明るい気分で世の中の人の為になるように、心がけることが大切な教育なのです。」
とあるように、「遠友夜学校」の教育的価値は、図り知れないものがあります。

過日、秋元市長の市政方針を聞く機会がありました。
市長はその中で、「これからの人口減少・超高齢社会を見据え、誰もが安心して暮らし、人とつながり、
生涯現役として必要とされ、札幌の市民であることに誇りを持ちながら、生き生きと輝ける街。
そんな街・札幌を目指してまいります。」と力強く宣言されております。

正に、「遠友夜学校」の存在は、札幌市民であることに誇りをもつための大きな遺産であります。

議員の皆様には、教育の原点としての「遠友夜学校」が今混迷する教育への未来への指針となるべき
大きな教育的価値がある事と、札幌市民の誇りとしての歴史的価値のご理解をいただき、
「遠友夜学校」という札幌の貴重な文化遺産を有形無形の文化財として顕彰できるようにお力添えいただきたく、陳情要旨の通りお願い申し上げます。


陳情要旨説明 第二段落部分について 
財団法人「遠友夜学校」と札幌市が昭和37年に交わした同意書に基づき、札幌市が主体となって、
施設の建設のあり方と史料の取り扱いの在り方を検討し、合わせて市民やさまざまの団体がそうした活動への協力を進められるられるようにしていただきたい。

ー要旨説明者 幹事 菅原 勝明ー
札幌市の「遠友夜学校」に対する基本姿勢は、「わが街・札幌がその歴史の中に、こういう『遠友夜学校』
持ち得たということに、私は喜びと誇りを感じる。」(板垣武四札幌市長)というものでありました。

札幌市は、青少年の健全育成を目的とした施設の設置のために、昭和37年2月に財団法人「遠友夜学校」
半澤洵理事長に対して、原田與作市長名で、現在の札幌市南4条東4丁目の建物や関係史料を含む
「遠友夜学校」の土地について、寄付依頼を提出しました。本日お手元にお配りした別紙のとおり、
「青少年の健全育成を目的とした施設の設置する計画であること」、
また、「新渡戸博士と『遠友夜学校』を顕彰する施設・設備をつくる」ことなどの設置計画内容を付記し
無償提供を依頼するものでした。
札幌市は寄付申立書に沿い、昭和39年6月この土地に、勤労青少年ホームを建設し、
その中には「遠友夜学校」の精神を伝える「遠友夜学校記念室」が設けられました。
この竣工にあたり、半澤理事長は、『新渡戸先生と「遠友夜学校」の精神を伝える事業が永久に残された』
と喜びを語っています。

その後、昭和42年8月財団法人「遠友夜学校」が解散するにあたり、改めて財団の清算人と札幌市は、
「遠友夜学校」は、『故新渡戸稲造氏が札幌市における勤労青少年の健全育成を目的として創立し、
経営を行った歴史的経緯を尊重し、その敷地は札幌市勤労青少年の健全育成を目的とした施設の用地に限り使用すること』と、その使用目的の制限について再度同意書を交わしました。
大正末期から昭和初期には、当時の高岡直吉(ただよし)市長自ら卒業式などに出席されていることが記録されており、
また、札幌市教育委員会編さっぽろ文庫18「遠友夜学校」の310頁で札幌市・札幌市教育委員会は
“「さっぽろ文庫」の刊行にあたり”で「・・・先人の文化遺産を受け継いで郷土への認識を深め、且つ展望を伐り拓くことの大切さを思い、・・・」と謳いあげてます。
板垣武四市長も、さっぽろ文庫46「札幌の小学校」の序文に「遠友夜学校」を含めております。
そのほか、昭和54年11月の新渡戸稲造博士夫妻顕彰碑の建立の際には、小塩進作元助役も事務局長として関わっており、札幌市は総じて「遠友夜学校」を札幌市の大きな歴史を示すものとしての認識で一致し、顕彰してきたのです。

このように、札幌市は同意書に基づき、「遠友夜学校」の存在を当初から十分に尊重してきたことが見受けられるのです。
ところが、どうしてこの基本精神が失われ、変わってしまったのでしょうか。
札幌市民の喜びと誇りが失ってしまったままでよいのでしょうか。
それは、時が経つとともに失い変わってきたのです。平成21年5月19日文教委員会にて教育委員会の
内藤生涯教育部長より「レッツ中央を解体し若者支援総合センターの新築を検討したい」との答弁があり、
予定通り平成23年度レッツ中央は解体されました。それに伴い、「遠友夜学校」の資料は札幌市資料館に移転展示されましたが、平成26年7月、新渡戸稲造校長があの地で揮毫の『学問より実行』を含む資料500点有余の「遠友夜学校」関連の史料・展示物は、議会から大いに問題があるとの再三の指摘があったにもかかわらず、市民の理解を得ぬまま札幌市はそれらを北大に無償譲渡し、札幌市資料館の中の「遠友夜学校記念室」もまた、次にその場所を使う事業に急かされているかのように静かに解体されてしまったのです。
こうして、中央区南4東4の跡地には新しい勤労青少年ホームも「遠友夜学校記念室」も建設されることなく、
新渡戸稲造夫妻の銅像がポツンとさびしく立つ雑草だらけの空き地と化し、今春に「新渡戸稲造記念公園」という名称で地域公園としての整備にとどまり今に至ります。

では、何故このようなことになってしまったのでしょうか。私たち札幌市民が先人達から受け継いできた誇りは、
一体どこにいってしまったのでしょうか。いま、私たちは「遠友夜学校」のありかたを考え直すべきです。
そして今こそ、教育的歴史的経緯を尊重して、「遠友夜学校」をあるべき場所に再興し、私達世代の責任において次の世代に、札幌市の誇るべき文化的・歴史的遺産として引き継ぐべきではないでしょうか。

「遠友夜学校」のあるべき場所に、その教育的かつ歴史的経緯を尊重するための施設を市自らが建設することは、同意書から逡巡の余地のない約束ではないでしょうか。
また、「遠友夜学校」精神の新渡戸稲造ご夫妻の教育的顕彰と「札幌農学校・北大での新渡戸稲造博士」
北海道開拓等の学術的顕彰とが夫々にあり、新渡戸稲造の名声と共に世界にそれぞれ発信出来るものです。
そして、時計台移設の是非問題で時計台は移設されず今の場所(あるべき場所)に遺されたように、
建物とそこにあった史料や展示物そしてそれらが在った土地が一体となって、初めてその文化的価値が醸成されるものです。

よって、まず、教育の原点といえる「遠友夜学校」の歴史的意義とその評価を関係者や地域住民そして各分野の専門家にしていただき、それらを一体として文化財指定し護っていくなど、「遠友夜学校」に通っていた方々をはじめ「遠友夜学校」に対する私たち市民の想いを大切にしていただきたい。
そして、この文化遺産を次世代へ連綿と引き継ぐためには、札幌市が主体となり責任をもって「遠友夜学校記念館」を建設し運営していただきたい。

そのためにも、陳情要旨の通り、「遠友夜学校記念館」の建設と財政(費用)の在り方そして史料の取扱いや記念館の永続的な運営について、各種団体や北大のご理解ご協力を頂きながら札幌市が主体となって鋭意検討し、あわせて、市民がそうした活動への参加協力が出来るような仕組み創りを札幌市にお願いしたく存じます。

議会の皆様におかれましては、どうかご理解のうえ、真の“文化都市札幌“を市民とともに誇りをもって世界に発信して頂きたく、陳情申し上げます。

採決は「継続審議」となりました。

十和田新渡戸記念館のその後

『東奥日報』と『デーリー東北』(9月10日)の報道
      ↓
<ねずさんのひとりごとー新渡戸記念館問題その4>

陳情第9号審議会

札幌市の誇りである「遠友夜学校」を札幌市とともに次世代へ継承・顕彰を進める陳情

文教委員会付託

要旨
「遠友夜学校」の意義を明らかにし、新渡戸稲造・萬里子夫妻の意思の教育的価値を、
広く市民に知らせ顕彰していっていただきたい。

財団法人「遠友夜学校」と札幌市が昭和37年に交わした同意書に基づき、札幌市が主体となって、
施設の建設のあり方と史料の取り扱いの在り方を検討し、合わせて市民やさまざまの団体が
そうした活動への協力を進められるられるようにしていただきたい。

審議会開催日時
9月17日(木)開始は14時半頃の予定 
札幌市役所18階第二特別委員会会議室




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