「遠友夜学校」に学ぶ”遠友再興塾”
新渡戸稲造夫妻が創設した遠友学校の精神を学ぶ

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Author:遠友再興塾
札幌の誇り、教育の基、文化の香り、遠友夜学校の再興を目指す”遠友再興塾”
<遠友再興塾・事務局>
〒060-0053札幌市中央区南3条東3丁目マルキン本社ビル5F
〇連絡先
Fax:011-894-5530
mail:inazo@utopia.ocn.ne.jp 
📱:090-2699-4392
担当:木村良三(イナゾーアーキテクツ)



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昭和6年に遺愛女学校(函館)での講話の一部で「新渡と稲造研究第11号」より
・・・・・前略・・・・
 すべての恵みに対して感謝の念を持ち、恩に報いる、これ程美しい事はない。
今申し上げた様に私に場合には遺愛の世話になって実に有難く思ってゐる。

人の厚意は有難い。忘れてはならないものである。
しかし近頃はこの点について他国は知らぬが日本では色々議論が流行し、
恩義の不必要を説くものがあり親の恩に対して報いる義務なしと考へる傾向がある。

なまじっか学問があると理屈を云ふ。これを屁理屈と云ふ。自分の利になる事ばかり言うふ。
だから世間は物騒で自分勝手な事ばかりを云ふ。これは恩を忘れてゐるのである。

恩の字は因(モト)の心である。思と恩は間違ふがよい。思ふことは恩となる。
此の二つの字は同じ様なところから起こったのではなかろうかと思ふ。
THINK’THANKと英語でもよく似ているゐる。要するにものを考へると
有りがたいといふ感情の湧出る様になる。

我々は己の罪の深い事を自覚して宗教に入る。
しかしつとめてもつとめても罪は洗ひ取れない程に罪深いにもかかはらず我々の為に花咲き、
日光輝きこれが為に愉快さを与へられる。
斯くの如く我々の罪深さより尚深い深い恵を思ふと全く有難いと思ふ。
我等の考は此処まで到達しなければ宗教に入ったとは言はれない。
世の中を徒らに憂へてゐるのはまだ足りない。

この憂ひをも打ち消すまでの思に至らなければ宗教でない、又そこまで行くと恩である。
(つづく)

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十和田市の暴挙と新渡戸稲造記念館

↓経緯が詳しく載ってます!
小名木善行 ねずさんの ひとりごと

賛同を!

当ブログで6月7日記事の現在の状況です。
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未来に遺したい日本の精神。 新渡戸記念館を廃館・取り壊しにしないで!

高校野球と新渡戸稲造

―朝日で「野球害毒論」―
 高校野球といえば、もはや日本の夏の風物詩。毎年楽しみにしている人も多いと思います。
高校球児たちの青年らしい爽やかなプレイに心打たれることもしばしばではないでしょうか。
そして、この全国高校野球選手権大会を主催しているのが朝日新聞社だということも有名です。
でも、実は明治時代、朝日新聞(東京朝日新聞)は「野球は青少年に害を及ぼす」として
通称「野球害毒論」というアンチ野球キャンペーンを行っていたことをご存じでしょうか。

 明治44(1911)年、東京朝日新聞紙上に、当時のエリート養成校であった第一高等学校校長の
新渡戸稲造による『野球と其害毒』という文章が掲載されました。曰く、野球は青少年に悪い
影響を及ぼし、学生にとって好ましくない活動である、と。その後、この連載は様々な論者によって
22回にわたって継続されることになります。
 その内容を見てみると、野球は相手をペテンにかける競技であるとか、「選手悉(ことごと)く不良少年」、
あるいは「脳に悪い影響を与える」というものまで様々でした。中には「選手の成績を手加減」する教授が
いる、という、どこかで聞いたことのあるような(?)批判もあります。

 一方、野球擁護派は毎日新聞(当時は東京日日新聞)や読売新聞、報知新聞の紙上で反論を行ったため、
これらの新聞と朝日新聞は野球を巡って一種の販売合戦となりました。当時の学生野球人気は非常に高く、
結果的に擁護派が大勢を占めることとなり、朝日新聞は部数を減らしていきます。これに危機感を抱いたのか、
朝日新聞は「野球は悪いという意見が多い」というアンケート結果を一方的に掲載し、唐突に野球害毒論を
終了してしまいます。

その後はみなさんも知っての通り、朝日新聞(当時の大阪朝日新聞)は現在の高校野球大会の
主催者となり(1915年)、「爽やかで好ましい野球と青年」というイメージの物語の作り手として、
180度の方向転換を果たしてゆくことになりました。

学生野球というアマチュア・スポーツの代表的な存在が、その黎明期からメディア(この場合は新聞)の
売り上げという商業的な側面と結びついていたことを物語る、意外な一例です。
(関東学院大学文学部比較文化学科准教授・岡田桂、2011.08.11)





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